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2011年10月 アーカイブ

複雑な形態に進歩

大正から昭和初期にかけて、道路上の交通機関のエネルギーは人であり、人が荷車に積荷をのせ直接ひっぱる原始的な形態から、積荷をリヤカーにのせ、自転車でこれをひっぱるというやや複雑な形態に進歩しただけでした。


歩くことから自転車を使って足を上下することに変っただけであり、エンジンによる自動車はほんの僅かの特権階級ないしは商業車、タクシーに利用されているにすぎませんでした。


こうした状態にあって輸入車の急増とフォード、GMの一大組立工場の建設は、ようやく旧陸軍の保護育成策によって誕生しようとした自動車工業へ大打撃を与えたとのことでした。


トヨタ 中古車が一般化したいまでは考えられない話です。

国際収支が急激に悪化

中古車検索を辿って発見したのですが、商工省型標準型式自動車わたしたちの国の自動車工業がフォード、GMに圧倒されてしまった昭和3、4年になると、わたしたちの国の国際収支が急激に悪化たそうです。


そのため商工省は、国産品愛用、輸出品愛用、輸出振興策を積極的にうちだし、国産振興委員会を設置しました。


昭和4年9月の商工大臣の諮問に対し、同委員会は、昭和5年5月に次の答申を行いました。


それは、国際収支、国防上の見地から自動車工業の確立を緊急だとして、


(1)当初製造に着手する自動車の種類は貨物自動車および乗合自動車を目標とすること。


(2)製造規模は少なくとも今後5年間において年産5000台程度のものとすること。


(3)製造方法は分業によることとし各部分につき精密なる規格を定め、自動車工場およびその関係工場を一体系の下に統制すること。


(4)現存自動車工場およびその他の工場の設備、その経験等をなるべく利用すること。


(5)本工業の健全なる発達を助長するため、政府において適切なる保護の施策を講じ、なお国産自動車の使用奨励については特別なる考慮を払うこと。


「前掲の外、軍部において必要とする国産の貨物自動車ないしは特殊自動車の民間保存に対する奨励は、直接間接に一般自動車工業の発達に寄与するところ少なからざるをもって、これを存置するを必要とすべし」でした。


このため先にアメリカ車の大量輸入を行った鉄道省が、鉄道省規格の自動車を制定し、国産三社に発注するとともに技術上のあらゆる援助を供与し、自動車工業の確立をはかりだしました。

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