国産化が完了
昭和30年9月にはエソジンミッション(川崎製作所で製作、組立はいす父鶴見製作所)、クラッチなどの生産が、また昭和31年には、ステアリング、フロソトアクセル関係の生産が、イギリス本社から許可され、少なくともボディを除いて全部品の国産化が完了した。
つづいて昭和32年になると1億7300万円を投資し、大森工場を二交代、1000台の組立能力をもつ工場に改修し、同年9月にはボディ製作(300台)もはじめた。
そしてこの国産化されたヒルマン・ミンクスの販売のために昭和28年4月新会社やまと自動車が設立されました。
中古車情報によると新会社の払込資本金は1億円(いすづ5100万円、ルーツ4900万円)、授権資本は2億5000万円でした。